たまりば

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「ダークツーリング」或いは「ダークサイド・ツーリング」始め♪


最近、「ダークツーリズム」という言葉を時折耳にすることが皆さんもあるのではないでしょうか。
これは1990年代中期にイギリスで提唱され始めた概念で、《戦争や災害をはじめとする人類の悲しみの記憶を巡る旅》と定義付けられると思います。
アウシュヴィッツ強制収容所であったり、被爆地のヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリ原発、グランド・ゼロ、東日本大震災被災地、福島第一原発事故等々の世界を震撼させた悲劇の舞台への旅が代表例かもしれません。
もしかすると「負の世界遺産」の地への旅とでも言い換えられるかもしれません。訪問する場所が同じであったとしても、物見遊山とは眼差しや受け止め方は自ずと少し異なってくるとは思います。

振り返ってみるとこれまで半ば無意識ではあったものの、ボクは一般的にダークツーリズムで対象となるような場所への訪問がこれまで多かったことに改めて気がつきました。

例えば、戦没画学生慰霊美術館「無言館」、公害の原点のような「足尾銅山」跡、その下流で鉱毒被害に遭って強制廃村となった「谷中村」跡の渡良瀬遊水地や田中正造記念館、戦時中の秘密戦の中核であった生田校舎敷地内の「登戸研究所」(明大平和教育登戸研究所資料館)、大戦末期の「松代大本営跡」、「秩父事件」の武装蜂起の地となった「椋神社」や終焉の地の東馬流秩父事件戦跡、ビキニ水爆実験で被爆した「第五福竜丸展示館」、戦時中は地下軍需工場としても利用された「大谷石地下採掘場跡」、長岡の模擬原爆投下地点跡地や長岡空襲に於ける柿川の平和の森公園、観光地の山手外人墓地の賑わいとは対照的な800体もの混血の嬰児たちが眠るとされる「根岸外人墓地」、新東京国際空港建設を巡る反対闘争の象徴でもあった岩山大鉄塔跡に建つ「空と大地の歴史館」、アイヌ民族の里「萱野茂二・二風谷アイヌ資料館」、霞ケ浦の「予科練平和記念館」、広島平和記念資料館等々を訪れた記憶がボクにはあります。山梨県立美術館の山梨空襲を伝える常設展示も同じ類のものかもしれません。

近代化、開発、公害、人災、恐怖や独裁政治、差別や偏見等の観点でも同様の場所を幾らでも発見できるような気もします。電力需給の為にダム湖の底に沈んだ村々もそうかもしれません。ある意味では近代という化け物を多角的に捉え直す作業が求められるのかもしれません。

物事には常に光と影がつきまといます
ダークサイドは、探せばどんな町にも存在する気がします。その事実を忘れないで、記憶に留めることは大切なことだと思います。ボクの故郷の浜松も「爆弾のゴミ捨て場」と米軍に呼ばれていたそうで30回前後の空襲と模擬原子爆弾の投下や戦艦群による艦砲射撃を受けて灰燼と帰した町です。
この際、ボクはそんなバイク旅を「ダークサイド・ツーリング」なる勝手な造語で呼ばせてもらうことにします。まぁ「ダークツーリング」でも良い気はしましたけどね。

「廃墟巡礼(探訪)ブーム」や「廃墟マニア」ともやや趣きを異にするような気もしています。隠されたような、埋もれつつ、忘れ去られようとしているような“負の歴史”に触れ、垣間見て、何かを感じ、考える契機にしたいと思います。とはいえ、気楽な訪問者であることには大差はないのかもしれません。

日本では『荒れ野の40年』と呼ばれる1985年5月8日の当時のドイツ連邦議会でのヴァイツゼッカ―大統領の終戦40周年記念演説の中に有名な一節があります。

「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけではありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」

過去の歴史の真実を直視しない者は、未来に於いても同じ誤りを繰り返すであろうという戒めだと思います。

バイク乗りは五感どころか六感までもが敏感かもしれません。バイクを操り、時に大自然の中へダイブしていくような感覚や体験に遭遇したり、そこで呼び覚まさせられるような野生の本能も嗅覚もあることでしょう。その場所に辿り着き、暫し佇むだけでも、何か心に深く沁み込ってくるものが必ずあると思います。鋭敏な感受性さえ失っていなければの話です。

あ~、ボクはなんと面倒臭い性格なのでしょう(笑)。
無事是名馬也。いつか路上で。

写真は昨年夏に2度目の訪問をした栃木県日光市・足尾銅山の本山精錬所跡です。

ダークツーリングは沖縄~水俣~フクシマをも改めて照らし出す光になると思います。
  


  • Posted by 放課後倶楽部♪DX  at 11:31Comments(0)バイク