たまりば

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リアルで今読むべき1冊かもね。

カミュの再評価だわ。

今だから読むべき本かもね。

▼『ペスト』カミュ著/新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/211403/

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。


▼2020年3月29日付
コロナ危機の深刻な課題を見通した、カミュ『ペスト』の凄み 自由がなくとも安全があればいいのか
https://news.livedoor.com/article/detail/18038258/

コロナも、経済の動揺も、いつかはおさまる。しかし、カミュがペスト菌によって喩えた全体主義体制は死なない。「自由がなくても安全であればよいのか?」という問いから顔をそむけることはできない。
カミュの『ペスト』がいまの日本と重なる
3月11日公開の「新型コロナウイルス不況、世界の経済活動はどこまで落ち込むのか?」で述べたように、中国から広がった新型コロナウィルスの感染が、日本を含む世界各国に拡大し、予断を許さない状況になっている。
この状況の中で、多くの人が、アルベール・カミュの『ペスト』を思い出したようだ。この小説は、日本で突然ベストセラーになって、品切れになってしまった。
あらすじを紹介すると、つぎのとおりだ。
 
小説の舞台は、アルジェリアのオラン。そこで突然ペストが発生し、つぎつぎと人命が奪われていく。市は外界から遮断される。あらゆる試みは挫折し、ペストは拡大の一途をたどる。
小説『ペスト』が突然ベストセラーになってしまったのは、オランの町の状況がコロナウィルスの感染が広がるいまの日本と重なってしまうからだろう。
確かに、後手後手に回る行政の状況は、いまの日本とそっくりだ。しかし、この小説の目的は、行政の対応の鈍さを批判することではない。
アルベール・カミュ/photo by Gettyimages
 
自分の職務を果たすこと
この小説を読んで感動する第1の理由は、人々の連帯だ。
極限状況の中で、「誠実さ」と「自分の職務を果たすこと」を支えとして、敢然と疫病に立ち向かっていく人々が現れる。
医師リウーは、志願の保健隊を結成し、あらゆる努力を傾けて、ペストとの絶望的な闘いを続ける。友人タルー、役人グラン、脱出を断念した新聞記者ランベールも協力する。
彼らを支えたのは、人と人とをつなぐ連帯の感情であり、自分の職務を果たすことへの義務感だ。
 
タルーは、リウーに「なぜ、あなた自身はそんなに献身的にやるんですか?神を、信じていないと云われるのに?」と問う。リウーはそれに対して「僕は自分としてできるだけ彼らを護ってやる、ただそれだけです」と答える。
リウーはまた、ランベールに対して、「ペストと闘う唯一の方法は誠実さということです」「つまり自分の責務を果たすことだと心得ています」と答える。
もう1つは、「神によらずして聖者たりうるか」という深遠な問いである。
血清が作られて、予審判事オトンの幼子に試される。しかし、それは病状を改善させることなく、苦悶の中での死をもたらした。
罪なき子の死に直面した神父パヌルーは動揺。医師リウーは、「罪なき子どもが死ぬような世界を自分は愛せない。私はそれと闘い続ける」と宣言する。これは、ドストエフスキイ『カラマーゾフの兄弟』でイヴァンが発したのと、寸分変わらぬ宣言だ。
ここで「人は神という存在なしに倫理を貫き、人間の尊厳を守り続けることができるのか?」という極限の問いが突きつけられる。
世界は、「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。私たちは、それから逃れることができない。『ペスト』は、このことを改めて思い起こさせてくれる。
「ペスト菌」はナチズムの暗喩
猖獗を極めたペストは、突然、潮が退いたように終息した。
この小説の最後は、その祝賀祭が開かれる晩の風景だ。遠くに花火が打ち上げられるのが見え、人々の楽しいざわめきが伝わってくる。
この場面は大変感動的だ。少し長くなるが、宮崎峯雄訳(「カミュ著作集」2,1958年、新潮社)を引用しよう。
「しかし、彼はそれにしてもこの記録が決定的な勝利の記録ではありえないことを知っていた。それはただ、恐怖とその飽くなき武器に対して、やり遂げねばならなかったこと、そして恐らく、すべての人々―聖者たりえず、天災を受け入れることを拒みながら、しかも医者となろうと努めるすべての人々が、彼等の個人的な分裂にも拘わらず、更にまたやり遂げねばならなくなるであろうこと、についての証言でありえたに過ぎないのである。
事実、市中から立ち上る喜悦の叫びに耳を傾けながら、リウーはこの喜悦がつねに脅やかされていることを思い出していた。なぜなら、彼はこの歓喜する群衆の知らないでいることを知っており、そして書物のなかに読まれうることを知っていたからである―ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古のなかに、辛抱強く待ち続けていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストがふたたびその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差向ける日が来るであろうということを。」
『ペスト』は、第2次世界大戦時にドイツ軍に占領されたフランスの隠喩だといわれる。
「ペスト菌が決して死ぬことも消滅することもない」というのは、ナチスが崩壊しても、それと同じようなものが再び現れることへの警告なのだ。
コロナウィルスが提起した問題の本質
コロナウィルスの感染がいつ終息するのか、現時点では見通しがつかない。しかし、疫病は、いつかは止まる。人類は、何度もパンデミックに見舞われたが、それらは、必ず終息した。スペイン風邪ですらそうだ。多数の人が犠牲になったのは事実だが、人間の社会が全体としてウィルスによって崩壊してしまうことはない。
経済に対する影響は、暫くの間は残る。人によっては、きわめて大きな損害を受けるだろう。だが、その影響もいずれは元に戻る。
先述の「新型コロナウイルス不況、世界の経済活動はどこまで落ち込むのか?」で述べたように、中国経済に体する影響は甚大だろうが、中国の長期的成長がこれによって影響されることはない。
しかし、コロナウィルスの問題は、「国家体制と疫病」という重大な問題をわれわれに突きつけたのだ。
管理国家だから封じ込められるのか?
2月23日公開の「新型コロナ、医師の警告を活かせなかった『中国国家体制』の重大欠陥」で、医師の警告を活かせなかったのは、中国の国家体制の重大な問題点だと述べた。そして、「この問題を契機として、中国でも言論の自由化が進まないか」と言った。
しかし、残念なことに、現在までのところ、その兆候はない。それどころか、まったく逆の方向に進んでいると考えざるをえない。
SNSで見られる世論には、微妙な変化が見られると言われる(「日本経済新聞」3月6日)。当初は対策への不手際を指摘する声もあったが、その後は、対策の有効性を礼賛する書き込みが急増しているという。そして、政府の対応ぶりを賞賛する声が多くなっているという。
また、日本、韓国、イタリアなど、外国での感染拡大を伝える記事が目立つという。「世界的な感染拡大は、諸外国の失敗だ。中国は感染封じ込め策に成功したが、日韓は拡大防止に失敗した」と強調しているわけだ。
また、人口が1000万人の大都市を閉鎖したり、わずか10日間で病院を作ってしまうようなことは、中国だからこそできる、といった声が増えているという。
プライバシーより安全な管理社会のほうがよいのか?
上で述べたことは、政府のプロパガンダだと解釈することが可能だ。しかし、この問題は、それだけでは片付けられない、極めて難しい面を持っている。
それを示したのが、感染の可能性がスマートフォンでわかるアプリだ。これは「密接接触者測量儀」と呼ばれ、中国国家衛生健康委員会が2月10日に発表したものだ。
アリペイかWeChat(微信)、あるいはテンセントQQを用いて、QRコードを読み取る。すると、政府のサーバーに接続されるので、電話番号、氏名、身分証明書番号を打ち込む。
ユーザーが、コロナウイルス感染患者と接触した可能性があると、警告文が表示される。知人など2名までを調べることもできる。公開されてから3時間にならないうちに、500万件のアクセス数があったそうだ。
患者の居所とアプリユーザーの居所を割り出すには、国家衛生健康委員会の医療データーや、鉄道、航空機の乗客に関するデータなどが用いられる。つまり、ビッグデーターが利用されているのである。これこそ、中国が築きつつある世界最先端の情報システムだ。
個人の行動がこれほど詳細に分かってしまうのは、恐ろしいことだ。しかし、「では、感染状況が分からないのと、どちらが良いのか?」と問われれば、答えに窮してしまう。これは、非常に難しい問題だ。
この問題は、12月1日公開の「ビッグデータが切り開く、中国の『超先進IT社会』と『超監視社会』」などで述べてきた問題とまったく同じものである。
これまでは信用がないからできなかった取引が、信用スコアリングによってできるようになった。これは、明らかに望ましいことだ。
国家信用システムでは、善行を積む人のスコアが高くなるから、社会をよくするのだと言われる。顔認証によって個人が特定されても、捕まえられるのは悪い人なのだから、社会の治安を高めるのだと言われる。
それはその通りだろう。しかし、それは、国家による管理の裏腹なのだ。「密接接触者測量儀」も、まったく同じだ。
この問題は、決して簡単に答えが出るものではない。
しかし、自由と安全のどちらを取るのかというきわめて困難な問題から、われわれは顔をそむけることはできない。


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    Posted by 放課後倶楽部♪DX  at 12:53 │Comments(0)本棚

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